家電ちゃんねる

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【師匠シリーズ】 先生 前編 3/3

その人は机に手を触れながら、明るい表情で言う。
 「元々この土地は私の家のものだったから、廃校になったあと返してもらったのよ。ボロの校舎付きでね。壊してもいいんだけど、今は家に私と母がいるだけだから、おうちなんて小さくていいもの。ほら、校舎のすぐ横に平屋があったでしょ?あそこに住んでるのよ」
 そう言われればあった気がする。
 「今は夏休みでしょう。私、夏休みの間、このあたりの子供達に、ここで勉強を教えてあげてるの」
 「勉強?」
 「うん。私、隣の町で小学校の先生をしているの。臨時雇いなんだけど。私も夏休みだから、する事が無くなって。暇つぶしも兼ねてね。だからこの夏休み、学校ではお月謝を貰っていないの。ただし午前中だけね」
 
 学校の宿題は教えてあげない。
 普段は決められた時間に、決められた科目を勉強してる子たちを、夏の間だけでも、その子の好きな科目、興味がある科目を、少しでも伸ばしてあげられたらなぁって」
 指が机の木目を撫でる。
 「でも、みんな今日はお休みなのよ」
 そう言って顔が少し曇った。
 「風邪が流行っているみたい」
 そして窓の外に目を移す。
 僕も釣られてそちらを向く。
 「あなた、何年生? どこの子? 言葉が違うね」
 「え、あ」
 僕はちょっとどもってから、自分が六年生である事、そして、遠くから来て、親戚の家に滞在している事を説明した。
 それから家の名前を言う。
 けれど言ってから、その近所はみんな同じ苗字ばかりだった事を思い出して、「おっきなイブキの木が庭にある家です」と付け加えた。
 するとその人は、「ああ、シゲちゃんのところね」と頷くのだった。
 僕は何だか分からないけど悔しくなり、口を尖らせた。
 そして、鎮守の森の先には何も無いと言ったシゲちゃんの言葉は、やっぱりわざとついた嘘だったんだと思った。
 
 なぜって?
 その人は目が大きくて、すらっとしていて、少し大人で、それから花柄の白いワンピースが似合う、ちょっと秘密にしたくなるような、綺麗な人だったからだ。
 「この教室が一番ちゃんとした形で残っているから、いつもここで教えているのよ。探検に来て迷ったんでしょ。勉強していきなさいよ。ね、誰も来なくて、私も退屈してたから」
 そうしてその人は、僕の先生になった。

 教室に机は五つ。
 一つは先生が座る席。
 さっきみたいに窓際で頬杖をつくための席だ。
 そして残りが、夏休み学校の生徒の数だった。
 先生はわざわざ他の教室から、僕の為の机と椅子を運んできてくれた。
 「五人目の生徒ね」と言って笑った後、この学校の最後の卒業生の席がそのまま残っているのかと思った事を話す僕に、ゆっくりと首を振った。
 「最後の卒業生は二人だった。一人は私。卒業するのは寂しくて悲しかったけれど、中学生になる事は嬉しかったし、それから、学校が無くなってしまう事が悲しかったな。マイナス1プラス1マイナス1で、やっぱり悲しい方が大きかった気がする。もう十年以上経つのね」
 先生が少し目を細めると、瞳の中の光の加減が変わって、ちょっぴり大人っぽく見えた。
 「さあ、何を勉強しましょうか。 何が好き?」
 僕は考えた。
 「算数が嫌い」
 先生は僕の冗談に笑いもしないで、「うん、それから?」と言った。
 「社会と国語と理科と家庭科と図工と音楽が嫌い」
 僕が並べた一つ一つに頷いた後、先生は「よし、じゃあぴったりなのがあるわ」と黒板に向かった。
 小さくてかわいい黒板だ。
 チョークを一つ摘まんで、キュッと線を引く。
 『世界四大文明
 そんな文字が並んだ。

 先生の字はカッコ良かった。
 今までのどんな先生よりもカッコいい字だった。
 だからその世界四大文明という言葉も、凄くカッコいいものに思えて、なんだかワクワクしたのだった。
 「世界史って言ってね、あなたが学校で習うのはまだ先だけど、算数も国語も社会も理科も嫌いなら、勉強自体が嫌いになっちゃうじゃない。勉強する事なんて、まだまだ他にたくさんあるんだから、自分が好きになれるものを見つけるのも、きっと大事な事だと思う。ノートも取らなくていいから、気楽に聞いてね」
 そうして先生は、僕に世界史の授業をしてくれた。
 初めて体験する授業はとても面白く、先生の口から語られる遥か遠い昔の世界を、僕は頭の中にキラキラと思い描いていた。
 
 やがて先生はチョークを置き、「今日はここまで」とこちらを向いた。
 エジプトのファラオが自分のピラミッドが出来ていくのを眺めている姿が遠のき、僕は廃校になったはずの小学校の教室で、今日であったばかりの先生と二人でいる事を思い出す。
 「どう、面白そうでしょう」と聞かれたので、うんうんと頷く。
 先生はにっこりと笑うと、「よかった。実は私、大学で史学科専攻だったの。準備無しだから、算数以外だとこれしか出来なかったんだな」と言って、ペロリと舌を出した。
 その仕草がとても可愛らしくて、僕はショックを受けた。
 つまり、まいってしまったのだ。
 「もうお昼ね。今日はおしまい。明日はもっと早く来なさい」
 だからそんな先生の言葉にも、あっさりと頷いてしまうのだった。
 
 なんだか、ふわふわしながら校舎をあとにして、広場ならぬ校庭で振り返った僕を、二階の教室の窓から先生が手を振って見送ってくれた。
 ぶんぶんと僕も負けないくらい手を振ったあと、明日も絶対来るぞと心に誓って帰路についた。
 やっぱり帰るには、あの鎮守の森を抜けなくてはならない、と聞かされた時はゲッと思ったけれど、今日あった事を思い返しながら足を無意識に動かしていると、気がつくと森を抜けていた。
 来るときはあんなに薄暗くて怖い感じがしたのに、今度はやけにあっさりと通り抜けてしまったものだ。
 
 そのあと僕はイブキの木のある家に帰って、ばあちゃんが作ってくれたそうめんを食べ、放り投げていた宿題を少しやってから昼寝をして、ヨッちゃんとその友達に混ざって缶蹴りなどをしていると一日が終わった。
 
 その夜、シゲちゃんがいない家はやけに静かで、電気を消してから、僕は蚊帳越しに天井の木目を見上げて、今日出会った先生と、あの小さな学校の事を考えた。
 今朝、勉強なんか嫌いで外に飛び出したのに、今は早くあの学校に行きたくて仕方がなかった。
 なんだか不思議だった。

 次の日の朝。
 朝ご飯を食べるとすぐに僕は家を出た。
 ヨッちゃんにやっぱり「どこ行くの?」と聞かれたが、「どっか」とだけ答えて振り切った。
 今日はリュックサックは無し。
 保存食がいるような大冒険ではないと分かったからだ。
 
 昨日と同じように鎮守の森に入り、薄暗い木のアーチを潜ったけれど、今日はそんなに怖くなかった。
 誰もいない畦道を抜け、坂道を登ると学校が見えてくる。
 その二階の窓辺に先生がいる。
 頬杖をついてぼうっと外を見ている。
 僕は手を振る。
 今度はすぐに気づいてくれた。
 「いらっしゃい」
 「今行きます」
 そうして教室に入る。
 
 今日も他の子供達は来ないみたいだ。
 手持ち無沙汰だった先生は嬉しそうに僕を迎えて、「昨日の続きからね」とチョークを握った。
 シュリーマンがトロヤ遺跡を発掘した話から始まって、エーゲ海に栄えたミケーネ文明が滅びた後、鉄器文化の時代に入ると、ギリシャではたくさんのポリスという都市国家が生まれた、という事を学んだ。
 その中から、アテネやスパルタといった有力なポリスが現れて、東の大帝国アケメネス朝ペルシアの侵攻に対抗したのがペルシア戦争
 ペルシアを撃退した後に、各ポリスが集まって結成したのがデロス同盟
 
 その盟主アテネと、別の同盟を作ったスパルタが戦ったのがペロポネソス戦争
 衆愚政治に陥って弱体化したアテネやスパルタに代わって台頭してきたテーベ……。
 『テーベ』
 先生のチョークがそこで止まる。
 教壇に立つ背中が硬くなったのが分かった。
 どうしたんだろうと思う僕の前で、先生はハッと我に返ると、すぐに黒板消しを手に取って、『テーベ』を『テーバイ』に書き直した。
 何事もなかったかのように先生は、その後テーバイはアテネと連合して、北方からの侵略者マケドニアと戦ったけれど敗れてしまい、時代はポリスを中心とした都市国家社会から、マケドニアアレクサンドロス大王による巨大な専制国家社会へと移っていった、と続けた。
 その書き直しの意味は、その時には分からなかった。
 ただ先生の背中がその一瞬、重く沈んだような気がしたのは確かだった。
 
 ヘレニズム文化の説明まで終わって、ようやく先生は手を止めた。
 「疲れたね。ずっと同じ科目ばかりっていうのも飽きちゃうから、今度はこんなのをやってみない?」
 そう言って渡されたのが、算数の問題が書かれた紙。
 ゲッと思ったが、よく見ると案外簡単そう。
 「どこまで進んでいるのか分からないから、少し難しいかも」
 そんな事はないですぜ。
 とばかりにスパッと解いてやると、先生は「凄い凄い」と手を叩いて、「じゃあ、これは?」と、次の紙を出してきた。
 余裕余裕。
 え? さらに次もあるの? 今度は正直ちょっと難しいけど、なんとか分かる気がする。
 僕は鉛筆を握りしめた。
 そうして、いつの間にか世界史の授業は算数の授業に変わり、たっぷりと問題を解かされたところでお昼になった。
 「また明日ね」

 帰り道。
 結局『嫌い』だと明言したはずの算数を、いつの間にかやらされていた事に首を捻りながら歩いた。
 算数の問題はプリントじゃなく手書きで、それを解いていると、なんだか先生と会話しているような変な気になる。
 それほど嫌じゃなかった。
 また明日行こうと思った。
 
 そうして僕と先生の夏休み学校が続いた。
 朝は世界史の講義。
 次に算数。
 それから、いつの間にやら漢字の書き取りが加わっていた。
 他の子は誰も夏休み学校に来なかった。
 「悪い風邪が流行っているから、あなたも気をつけてね」と言われ、僕は力強く頷く。
 世界史の授業は面白く、走りばしりではあったけれど、歴史の魅力を十分僕に伝えてくれた。
 算数や漢字の書き取りの時間はあんまり楽しくはなかったけれど、出来てその紙を先生に見せる時の、あの誇らしいような照れくさいような感じはキライじゃなかった。
 僕が問題を解いている間、先生は窓辺の席に腰掛けて折り紙を作っていた。
 それは小さい折り鶴で、ある程度数がまとまってから、先生は糸を通した鶴達を窓にかけた。
 「みんな早く風邪が治ればいいのにね」
 そしてまた次の鶴を折るのだった。
 僕は不謹慎にも、風邪なんか治らなくてもいいよと心の底では思っていた。
 先生との二人だけの時間を、もっと過ごしたかった。
 でも、僕が机の上の問題にかかりっきりになっている間、窓辺に座る先生の横顔は寂しそうで、その瞳が窓の外をぼうっと見るたびに、なんだか僕は切なくなるのだった。

 「言葉が違うね」と僕に言った先生自身も、その言葉には訛りがほとんど無かった。
 高校に入る時東京に出て、大学も東京の大学に受かって、ずっと向こうで暮らしていたらしい。
 それが東京で就職も決まっていたのに、実家のお母さんが倒れたというので、全てを投げ打って帰ってきたんだそうだ。
 その話をしてくれた時、先生の瞳の光は曇っていた。
 「私の家は母子家庭でね、お母さん一人を残して出て行っちゃった時、やっとこんな田舎から離れられるって、それしか考えてなかった。なんにも言わずに仕送りをしてくれてたお母さんが、どんな思いでこの田舎で働いていたか、全然考えてなかった」
 だから今は臨時教員などをしながら、家で母親の看護をしているのだそうだ。

 僕はお邪魔した事はないけれど、校舎の隣の小さな家に二人で暮らしているらしい。
 先生には、何かやりたいことがあったんだろうと思う。
 それを捨てて、今はこうして田舎で子供達を教えている。
 小さなオンボロの学校で。
 手作りの問題集で。
 
 お昼になって僕が帰る時、先生はいつも二階の窓から身を乗り出して手を振った。
 「明日も来てね」と。
 僕はいつか夏が終わるなんて、考えていなかったのかも知れない。
 蝉の声が耳にいつまでも残っていて、晴天の下をポッコポッコと歩いて、通る人の影も無い道を、毎日毎日ワクワクしながら通い続けた。

 林間学校からシゲちゃんが帰ってきても、午前中だけは彼らの遊びの誘いに乗らなかった。
 「そろそろ宿題やんないとヤバイ。うちの学校ごっそり出るんだ」と言うと、「大変だな」と頷いて、シゲちゃんはそれ以上無理に誘ってこなかった。
 このあたりにも、親分としての器量が伺える。
 ただ、朝から外に飛び出して行くシゲちゃんが、いきなり帰ってくる事はまず無かったけど、念の為に「あ、でも気分転換に散歩くらいするかも」と、予防線を張っておくことも怠らなかった。
 僕は何となく鎮守の森を越えて行く夏休み学校の事を、他の人に知られたくなかった。
 特にシゲちゃんに知られてしまうと、先生と二人だけの時間をぶち壊しにされてしまいそうで。
 先生もシゲちゃんの事を知っていたし、シゲちゃんが鎮守の森の先を『なんにもないよ』と嘘をついた事が、ずっと気になっていたのだった。
 朝から遊びに行くシゲちゃんを見送ってから、こっそりと家を抜け出すのだけれど。
 午後からはきっちりシゲちゃん達と遊びまわったし、特に怪しまれる事はなかったと思う。
 問題は妹のヨッちゃんだ。
 毎朝「どこ行くの?」と聞いてくる。
 そのたびに「散歩」とか、適当な事を言って追い払うのだけれど、家から抜け出すたびに尾行されてないか、途中で何度も振り返らなくてはならなかった。
 
 世界史の講義は、ローマ帝国の興亡からイスラム世界の発展へと移り、先生の作る折り鶴もだんだんと増えて、教室の窓に鈴なりになっていった。
 休憩の時間には、僕も習いながら鶴を折った。
 僕はコツを教えてもらってもヘタクソで、変な鶴が出来た。
 全体的に歪んでいて、あんまり不格好で悔しいので、せめてもの格好付けに、羽の先をクイッと立てるように折った。
 戦闘機みたいに。
 先生はニコニコと笑いながら、その鶴も飾ってくれた。
 朝から雨がポツポツと降り始めていたのに、鎮守の森を抜けるとカラッと晴れていた事があって、先生は僕のその話を聞いた後、「山だからね」と頷いてから、「でもあの森って、不思議な事がよくあるのよ。私も子供の頃に……」と、怪談じみた話をしてくれたりした。
 先生の白い服の短い袖から覗く腕は、細くて頼りない。
 トカイもんの手だ。
 先生は僕の知っている先生と比べても若すぎて、まるで近所のお姉ちゃんみたいだった。
 でも、そんなお姉ちゃんの口から、マルクス・アウレリウス・アントニヌスだとか、ハールーン・アッラシードなんて名前がパシパシと出てきて、それが変にカッコよかったのだった。

 そして、その日がやってきた。

(つづく)

ボイスノート
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